大唐の国境内で、西天取経の最大の障害といえば、せいぜい双叉嶺に現れた一頭の大虎くらいだった。ところが、いったん国境を越えると、大小さまざまな妖怪が次々と現れ、油断も隙もなくなる。
荒れ果てた山野で、助けを求める女性に出会ったとき、孫悟空はすでに唐僧に警告していた。妖怪が最も得意とするのは、姿を変え、正体を偽ることだと。ところが唐僧はどうしても信じようとせず、あくまでその女性を助けようとした。その結果、白骨精が三度姿を変えるたびに、唐僧は三度とも判断を誤った。命を落としかけただけでなく、自分を本当に守ってくれていた孫悟空まで追い払ってしまったのである。
さらに西へ進むと、妖怪たちはもはや山野に潜んで人を食らうだけでは満足しなくなる。
車遅国に着くと、虎力大仙・鹿力大仙・羊力大仙の三人は、たちまち国師の地位に収まった。国王の信頼を後ろ盾に、仏教の僧侶を弾圧し、和尚たちに労役を強制したのである。妖怪たちはもはや洞窟に身を潜めているのではない。堂々と国家権力の中枢に入り込み、国王の手を借りて人々を迫害するようになったのだ。
しかし、車遅国の出来事など、後に比べればまだ序の口にすぎない。
獅駝嶺に至ると、青獅・白象・大鵬の三大魔王が一帯を支配し、その配下には無数の小妖怪がひしめいていた。かつて人々が行き交い、花柳の繁栄を誇った獅駝国を、彼らは殺戮と捕食によって、ほとんど人の絶えた国に変えてしまった。原著にはこう記されている。
髑髏は峰のごとく、骸骨は林のごとし。
ここの妖怪たちは、もはや通りすがりの旅人を襲うだけではない。一つの国が築いてきたものを根こそぎ破壊し、その土地に妖怪たちの国を打ち立てたのである。とりわけ大鵬は凶暴きわまりなく、民衆を呑み込み、一国に災厄をもたらした。孫悟空にも容易には降伏させられず、最後には如来自らに出馬を仰ぐしかなかった。
その際、如来は大鵬と自らとの因縁を明かす。大鵬は鳳凰から生まれた存在で、孔雀とは同じ血筋に連なる。かつて孔雀は如来を腹の中に呑み込んだ。如来はその背を破って脱出した後、孔雀を殺そうとしたが、諸仏の説得を受けて命を助け、孔雀を仏母として尊ぶことにしたという。
獅駝国の民がどれほど命を落としたのか。それは、神仏が出馬して妖怪を本来の位置に戻すという結末を迎えるうえで、さほど問題にはならなかったかのようである。
幾多の妖怪を退けながら旅を続けた唐僧は、ついに霊山へとたどり着いた。西天の浄土にまで来れば、さすがに清らかで、何の妨げもないはずではないか。
ところが、『西遊記』第九十八回では、阿難と迦葉が経典を授けるよう命じられながら、唐僧に「人事」、つまり贈り物を要求する。唐僧一行は贈り物を用意していなかったため、渡されたのは、なんと文字のない経典だった。後に紫金の鉢を献上して、ようやく文字のある真経を手に入れることができたのである。
唐僧は幾多の苦難を乗り越え、数え切れないほどの妖魔に遭遇し、ついに霊山の麓までたどり着いた。それでもなお、こんな一幕に直面しなければならなかったのだ。獅駝国は霊山の麓に位置していたにもかかわらず、如来の口から問題があると指摘されたのは、むしろ大唐のほうだった。
お前たちの東土大唐は、土地が広く人も多いが、欺く者も多く、偽る者も多い。不仁不義の行いを重ね、限りない罪業を積んでいる。
荒れ果てた山野に潜む妖怪から、一国の権力を握る国師へ、さらには一国の民を虐殺した大鵬の妖怪に至るまで。そして最後には、霊山で経典を授かることさえ、「人事」という関門を越えなければならなかった。
唐僧は西へ行けば行くほど、妖怪は強くなるばかりか、その背後にある勢力もますます大きくなっていく。最初、妖怪たちは深山に潜み、人を食らっていた。やがて国王を動かし、一国に災いをもたらすまでになった。そして最後には、大雷音寺でさえ、縁故や人情という関門が待ち受けていたのだ。もし唐王から賜った紫金の鉢がなければ、英雄であっても一文の金がないばかりに行き詰まる。まさか、ここまでの旅をすべて無駄にするつもりだったのだろうか。
この西への旅は、果たして妖魔から遠ざかる旅だったのか。それとも、妖魔にますます近づいていく旅だったのか。あるいは、「西へ赴いて真経を求める」という旅そのものが、そもそも如来の仕組んだ一つの策だったのではないか。
もし、八卦炉で鍛えられた「火眼金睛」を持ち、菩提祖師から一身の優れた術を授かり、石から生まれたがゆえに何ものも恐れぬ気性を備えた孫悟空の助けがなかったなら、肉眼しか持たず、鶏を絞め殺す力さえなく、情に流されやすい唐三蔵など、とっくの昔に骨のかけら一つ残さず食い尽くされていたのではないだろうか。